みなさん、こんにちは。
いっちょめの、かよです。
どうしても書きたくて、本日2度目のブログ更新です。
この日はぜったいにこの話をするってきめてたの。
まず桜桃忌とはなんぞや、というご主人様お嬢様に説明いたしますと、つまりは太宰治の忌日です。
桜桃はさくらんぼの意味でして。
晩年に書いた「桜桃」という短編が由来です。
この「桜桃」、太宰のなかの矛盾がおおいに現れている気がしていて、とてもしんどくなる一方でとても愛おしいです。
『人間失格』を読んだことがある方は、主人公の葉蔵をもっと雁字搦めにした感じ、といえばその閉塞感が伝わるでしょうか。
太宰治という人は、とてもとても藻掻いて生きていた、あまりにも人間すぎる、そんな人だと思います。
だから彼の作品のなかには、いつもリアルな人間がいるのかなぁ、と。
『走れメロス』しか知らない方にはちょっと変に思われそうです。
えぐい速く走りますからね、メロス。
でも彼も意外と人間らしいんですよ。
途中でサボっちゃったりね。
わたし、太宰や葉蔵のような、上手に生きられない人のことを、勝手に「人間のイデア」と名付けています。
ほんとうの意味のイデアとは、たぶんむしろ真逆なのだけど。
でも人間って、こういうものだよな、と思います。
矛盾だらけで、不完全なほど愛おしく感じてしまうのは人の性かしらん。
つらつらとたくさん書いてしまいました。
でも、今日2本目だからね。ゆるしてね。
あとで祖父がくれたさくらんぼを食べようと思います。
またね。